Team Mono-Blueのブログ

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三沢さんへ、ありがとうそしてすみません

これまで多くの有名人の訃報を聞いてきたが、これだけ衝撃を受けたのは初めてだと思う。


小学生の頃から、親に隠れて深夜の全日本プロレスを見ては興奮し毎週のように週刊プロレスを買った。
全日本こそ一番で、あっけなく終わる新日本のプロレスをどこか蔑んでいた。

正直言うと、そのころはバランスが取れて一つ頭抜けていた三沢さんが一番好きな選手というわけではなかった。どちらかというと地味な役割の田上選手に肩入れしていた。どんな大技を受けてもカウント3を取られず、エルボー一つで流れを引き戻す三沢さんを疎んじていたのかもしれない。


しかしながら、ノアを旗揚げし社長兼任レスラーとなってからは一番思い入れがあったのかもしれない。自分も成長し、三沢さんのプロレスだけではない人間性に敬意を持つようになっていた。体も重くなり昔のようにはいかないのはわかっているはずなのに自分を含めたファンは第一線で活躍し続けることを暗に強制してしまっていたのかもしれない。特に自分のような四天王プロレスに心酔してしまった人間は。


カウント2.9のプロレスを求め続けるが故に。

2003年の東京ドーム大会、三沢小橋戦。歴史に永遠に残る試合だと思う。今でもタイガースープレックス2003の場面を見ると鳥肌が立つ。これだけのことをやっているプロレスラーがいわゆる総合格闘家に劣るわけがない、そう思っていた。実況のアナウンサーは言っていた。「死んでしまう」と。

でも三沢さんは東京ドームという大舞台ではなく、地方のひっそりとした会場で突然亡くなった。我々に夢を見せ続けて。


よく有名人が亡くなるとお決まりのようにテレビで「あの人からは勇気をもらいました。」と涙ながらに語るフアンの姿が映されるたびに、そこまでは言い過ぎだろうと半信半疑であった。振り返ると、自分は大夫三沢さんから勇気をもらっていたんだと気付いた。


だからこそ、あえて垂直落下の四天王プロレスはやめようと。我々ファンが望むのを止めようと思うことが大事だと思う。タイガースープレックス2003は外道だとあえて言おう。もうそれを求めるのは金輪際なしにしようと思う。


どうしても我々が三沢さんを愛するが故に三沢さんを死に追いやった気がするから。


三沢さん、今まで自分たちに勇気や興奮を与えてくれて本当にありがとうございました。
ご冥福を心からお祈りしております。